バッハの再婚相手は優秀な作曲家「富士市のピアノ教室」
2025/06/17
ピアノで人生を豊かにする富士市の人気ピアノ教室
フェリーチェおさだ音楽教室です。
今日のブログはバッハの2番目の妻
アンナ・マグダレーナ・バッハについてです。
バッハの作品とされてきた多くが、バッハの妻アンナ・マグダレーナが作曲したという
科学的実証がなされました。
(以下、アンナと記します)
クラシック音楽史、特にバロック期に
女性の作曲家があまり出てこないのは不思議ですね。
ところがバッハの
『無伴奏チェロ組曲 第1番ト長調 前奏曲』は
1721年にバッハが再婚した若妻アンナが作曲したもので
(1717−1723年にバッハ作曲とされています)
『平均律クラヴィーア 第一巻第一番ハ長調 前奏曲』
『トッカータとフーガニ短調』
『ゴールトベルク変奏曲 アリア』もアンナが作曲した!
という革命的学説が登場した時に
猛反発したのは男性クラシックフリークです。
写譜をしていたに過ぎないバッハの妻に
あれほどの名作が作曲できるわけがない、
という訳です。
オーストラリアのダーウィン・オーケストラの指揮者で
音楽学者マーティン・ジャービスが2008年に主張したこの学説はクラシック界から猛攻撃を受けました。
ところが2016年にイングランドBBC4が
ドキュメンタリーを制作し
再びバッハの作品とされてきた多くはアンナが作曲したという科学的実証がなされたのです。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハは
晩年に白内障を患い1749年〜1750年にかけて
イギリス人眼科医ジョン・テイラーによる2回の手術を
受けましたが、どちらも失敗に終わりました。
これによりバッハは視力を完全に失い
作曲活動も困難になりました。
視力低下の原因は糖尿病ではないかといわれています。
バッハと同時期に活躍したヘンデルも同じジョン・テイラーに白内障手術を受け失明しています。
BBC4とマーティン・ジャービスは
法医学文書審査官で筆跡鑑定の第一人者
ハイディ・ハラルソンとともに
アンナが写譜した楽譜を最新科学機器を用いながら調査し
それらが写譜ではなく
オリジナルの作曲であることを立証していきます。
さらに女性作曲家サリー・ビーミッシュと
歴史家メラニー・ウンゼルトもこのプロジェクトに加わり
バッハの時代考証とバッハの遺骨から復元した
CG画像の検証を綿密に行ない
バッハが重度の視覚障害でほとんど失明していたことを
実証してアンナ作曲説を裏付けていきます。
ではなぜアンナが作曲したとして
そのことが今日まで表に出てこなかったのでしょう。
後世バッハは大バッハと呼ばれ
バッハの二人の息子を中心に数十人もの作曲家一族が生まれ、
バッハ家とかバッハ一族、Familie Bachと言われます。
しかしこの系譜にアンナは入っていません。
彼女は亡くなると物乞いと記録され墓もありません。
おそらく彼女の死後、近親者の誰かが
アンナの直筆楽譜と書簡や備忘録、肖像画を
焼却したのではないかとメラニーは言います。
バッハ一族の神話作りです。
女性作曲家という存在を忌み嫌い、隠蔽したのではないかという事です。
アンナ・マグダレーナは12歳ころからバッハに師事
高度な音楽理論を学びながら声楽家として名声を博し
ケーテン宮廷楽団では20歳にして
楽団員の十倍もの給与を得ています。
バッハの最初の妻マリア・バルバラが病死し
アンナと1年後に再婚してバッハを手助けした、
とされてきたのですが
これが大きく覆ることになるかもしれないのです。
優秀な弟子が奥さんになってゴーストライターとして
活躍していたんですね。
次回は過去にあった日本のゴーストライターについて
お伝えします。
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